「今日、総ちゃん、来るって。」


受話器を置いたあと、のぶ姉が教えてくれた。

さっきの電話は、近藤さんからだったんだ。


「え・・・・ホントか?」


こんなに早く?

待ってたはずなのに、嬉しいはずなのに

少しわがままを通したようで、気が引けてしまう。


「総ちゃんが寂しがってるんだって。」


やっぱり、あいつ・・・・。

近藤さんに迷惑かけちゃダメじゃねえかって思うけれど

やっぱり嬉しさが勝ってしまう。

俺も同罪だ。


「とうにゃ、くうの?」

「そーよー、良かったね。」


ハルと小鉄が、ぱぁっと笑顔になった。

やっぱり、こいつらも寂しかったんだろう。

俺も嬉しい。

子供たちが、そわそわして落ち着かない。


「こら、いい子にしてないとダメだろ。」

「うん!」

「いい子にしてうよ!」


とか言いながらも、はしゃいで走り回っている。

全く、返事ばっかり一人前だ。


「良かったわね、歳。」


のぶ姉が、意味ありげに、にんまり笑う。


「何だよ・・・・」

「あんたも総ちゃんいないと元気ないからねえ。」

「べ・・・別に、そんなことねえよ!」

「そぉお?」


昔は、ひとりでもちゃんとやっていけって、総司に教えたのに。

自分が寂しくなってしまうなんて。

のぶ姉や近藤さんには、沢山迷惑かけてしまってる。

だけど、謝ると、気にするなって言ってくれる。

優しい飼い主たちで良かったと思う。

可愛げのねえ俺だけど、のぶ姉や近藤さんが大好きだ。

















くんくんと自分の匂いを嗅ぐ。

たまの匂いとかついてないかな。

俺たちは猫だから、多少は気付かれてしまうけれど

あからさまじゃなきゃいい。

やましいことはない。

だけど、胸がざわめいて落ち着かない。

たまのことが頭から離れなかったせいか、思ったよりも

喜べない自分に、自分でも少し戸惑っている。

俺は歳さんが好きなんだ。

歳さんだけが好きなんだ。

なのに、どうしてだろう。

歳さんを裏切るつもりもない。

歳さんだけでいいと言った自分なのに・・・・・。

ああもう、こんな状態で歳さんに会えないよ。

だけど、どんどんのぶさんの家は、近付いていく。















「とうにゃー!」

「おかえりにゃさい!」


拙い言葉使いで、子供たちが出迎えてくれた。

足元できゃあきゃあと騒いで、抱っこをせがむ。

順番に抱えてあげようとするけれど、互いに譲らない。

しょうがないから、いっぺんにふたりを抱き上げる。

流石に重いけれど、まだどうにか抱えられる。

また、見ないうちに大きくなった。

2人の成長で、離れた時間を実感する。

本当は、傍にいて、少しでも見逃したくないけれど・・・。

嬉しい反面、やっぱり寂しいと思うのは、贅沢だろうか。


「おそかったね!」

「ん?・・・遅い?」

「おかえりなさい!」

「沢山、言葉覚えたね。」

「うん!」


どうやら、俺はここに住んでいて

時々、出かけているんだと思われてるようだ。


「ただいま。・・・遅くなってごめんね。」


見上げる目が愛しい。

まだ小さな手で、しっかりとしがみ付いてくる。

俺も会いたかったよ。

腕の中の愛しい存在を、ぎゅっと抱き締める。

そして・・・・・。


「お、おかえり・・・・。」


躊躇いがちな声。

声も綺麗な、歳さん。

会いたかったはずなのに・・・・。

なのに、俺は、歳さんの顔をまともに見ることができない。

自分で自分が信じられない。

どうして歳さんの目を見れないんだ。

後ろめたいことは何もないのに。

焦れば焦るほど、どうしようもなくなっていく。














総司が帰ってきた。

子供達も嬉しくて、一番に飛びついている。

そんなふたりを、総司は愛しそうに抱き上げた。

俺は、何となく照れ臭くて、少し離れたところから、その様子を見ていた。

こっちを向いて、ただいまって、笑いかけてくれるのを待って。

だけど。

総司はこっちを見なかった。

俺を見るのを躊躇っている。

総司も、自分の反応に戸惑っているのがわかる。

色んな不安が過ぎる。

わかりたくなかったけど、総司に何かあったんだと思った。

俺に後ろめたい事があったんだ。

そして、それは、きっと、女だろうと思った。

こういう時の勘は良く当たる。

俺の思い過ごしなら良かったのに。

頭の芯が冷えていくような感触。

どうしていいかわからない。

声もかけられずに、どうしようもなくなって、ただ、俯いた。

何も考えられない。

ただ「どうして」という言葉だけが、頭の中をいっぱいにした。



それからも総司は子供に構うだけで、俺の方を見ようとしない。

少し離れたところで、一人黙って座っていた。

段々、落ち着いてくると同時に、じわじわと悲しさと怒りが込み上げてくる。


俺だけが好きだって言ったじゃねえか。

他の女んところ行かねえって言ったじゃねえか。


・・・・ずっと通ってくるって言ったじゃねえか。

子供がいたから通ってるだけなのか?


いつから、誰と、どうして。

総司に問い詰めたかった。

だけど、できなかった。

子供がいたからだ。

妙に冷静で、何だかおかしい。














どうしよう。

歳さんに気付かれた。

距離をおいたまま、近付いてこない。

何をやってるんだ、俺は。

やましい事なんか無いのに、これじゃあ逆だ。

ぎこちないまま、何もできないまま、時間が過ぎる。

昼寝の時間だと言って、子供達を寝かしつけた。

どうしよう。

思い切って振り向くと、歳さんはじっと俺を見ていた。

どきりと胸が鳴る。

歳さんの目には、怒りもなく、悲しみもなく、ただ、じっと見ていた。

まるで俺のことを見透かしているようだ。

そのまま、じっと見詰めたまま、歳さんが静に言った。


「おめえ、明日帰れ。」


その言葉に、慌てた。

いきなり結論を出すなんて、と。


「のぶ姉や近藤さんには、俺から言っておく。」

「え・・・・」

「こいつらにも・・・ちゃんと話しておくから。」

「・・・・ちょ・・・・っと、待ってよ!」


勝手に話を進める歳さんを、遮った。


「言いたいこと、あるのか。」


また、あの目で、じっと見られて体が固まってしまう。

完全に誤解されている。

誤解を解かなきゃ。

そう思うのに、俺は何も言えない。































総司は近藤さんの家に帰した。

のぶ姉には悪かったけど、会社が休みだったから

総司を近藤さんの家まで、連れて行ってもらった。

昨夜もよく眠れなかったのに、ちっとも眠くない。

どうしてだろう。

総司が好きで、信じて、そしたらこんな事になった。

あいつが何をしてたのかは知らないけれど

俺のところに心がないまま、傍にいて欲しくなかった。

強がって追い出したけれど、もっと話を聞けば良かった。

あいつは、中途半端なことをする奴じゃない。

ほんのちょっと迷ってるだけかもしれない。

だけど、そんな総司が気に入らなくて、つい撥ね退けてしまった。

他の誰かに惑わされている総司に、頭に来たんだ。

あんなことをしたら、もっと、遠くに行ってしまうのに。


「馬鹿だな・・・・」


目の奥が熱い。

じわじわと視界がかすむ。


「かーにゃ、いたいの?」

「いたいの?」


ハルと小鉄が、不安そうに覗き込む。

心配かけちゃいけねえとわかっていても、涙が止まらない。


「痛くねえ・・・どこも・・・・」


痛い。

胸の奥が、とても痛えんだ。