「ん〜いい天気っ!そう思わない?」
「・・・・そうだね・・・・。」
力の入らない俺を、引き摺るようにして、たまは歩く。
ぽかぽかした春の陽気も、今の俺には全然わからない。
早く開放されたい。
早く昼寝したい。
早く歳さん達に会いたい・・・・。
それだけだった。
暫く歩いて、日当たりのいい屋根を見つけた。
ここは俺もよく昼寝する場所。
気持ちのいい風も吹いて、丁度いいんだ。
腰を降ろして、一息つく。
たまも隣に座った。
俺にくっついて。
あまりにもくっついて座ったから、じりじりと離れると、たまが不満そうに言った。
「あたしって、そんなに魅力無いかしら?」
「そんなんじゃないけど・・・」
たまは可愛いし、好きになる男は、いっぱいいるだろう。
だけど、俺は好きなひとがいるんだ。
他に見とれて、あのひとが遠くに行ってしまったら、きっと死ぬほど後悔する。
あのひとの優しいところや、意地っ張りなところ。
意外に不器用で、素直になれないところも。
すごく、すごく好きなんだ。
初めて会った時から、ずっと歳さんは特別な存在だった。
強くて、綺麗で、大好きな歳さん。
ずっと傍にいて欲しくて、好きになってもらいたくて
困らせて、泣かせて・・・・・今、思えば、どうしようもない子供だった俺は
随分、幼稚な方法で歳さんを捕まえたと思う。
あれでよく俺を選んでくれたよなぁ・・・。
もしかしたら、あまりにも子供ぽくて、放っておけないと思われたのかも。
これからは、名誉挽回していかないといけないな。
「ちょっとお、総司ったら!」
「え?」
「え?じゃないわよ、さっきから呼んでるのに、どうしちゃったのよ。」
「あ・・・ああ、ごめん。」
「ふん、どうせ、例の綺麗な奥さんのことでも考えてたんでしょ。」
う・・・・・女の子は鋭いな。
わかってるなら解放してくれないかな。
「俺のことなんか、興味無くなったと思ったんだけど・・・・」
「あたしね、手に入らないものって欲しくなっちゃうの。」
「そんな・・・」
「どうせ、ここにいても退屈なだけだからね。」
はた迷惑な性格だなぁ・・・とは、怖くて口に出せないけど。
単なる暇つぶしなのか。
だけど、こっちにとっては、冗談でも困ってしまう。
たまの匂いをつけて、歳さんに会ったりなんかしたら・・・・。
怖くて想像したくない。
この間も、歳さんに怒られた。
怒られるのはいいけど、泣かしてしまうのは、やっぱり嫌だ。
俺の考えは、猫らしくないかもしれない。
たったひとり、あのひとだけだと誓う俺は、変わっているんだと思う。
だけど。
歳さんは、俺だけを愛してくれてる。
たったひとりを想っているのは、俺だけじゃないよね。
「にゃー!」
「うにゃにゃ!」
二匹が毛玉のように、ころころ転がりながらじゃれている。
のぶ姉がいない昼間は、いつもこんな感じだ。
こうやって自由に遊ばせておけば、子供の有り余る体力を消耗してくれる。
二匹もいれば、かなり煩い。
のぶ姉が、防音になっている一室を、子供たちの遊び場にしてくれた。
多少の物音では響かないから、思う存分暴れさせる。
仲良く暴れるふたりを眺めつつ、ぼんやりと時間を潰す。
ふたりの性格は正反対だけど、喧嘩はしないし、仲がいい。
総司のおかげかな。
いつもふたりを平等に扱っている。
「かーにゃ、遊ぼ!」
「俺はいいって・・・・。」
「かーにゃ、遊んで!」
「ったく、しょうがねえなぁ。」
まるで総司が子供だった頃のようだ。
無邪気な姿が、寂しさを紛らせてくれる。
「かーにゃ!抱っこ!」
「ああ、はいはい。おめえらもまだガキだよなぁ。」
「抱っこー!」
「ふたりいっぺんには無理だっての。順番な。」
子供ってのは不思議だ。
見ていると、優しい気持ちになってくる。
甘ったるい匂い。
柔らかい毛並み。
小さな手。
こんなものが癒してくれる。
総司も、きっと同じなんだろう。
だから大事にしてる。
たまに言うこと聞かないと、憎たらしいけれど
それでも、自分を慕う姿は、とても可愛い。
「とーにゃ、帰ってくうよ。」
「ん?・・・・多分な。」
「帰ってくうよ!」
「おりこうしてたら帰ってくうよ!」
「じゃあ、俺もおりこうにしてなきゃな。」
にこにことふたりが笑ってる。
・・・・もしかして、なぐさめてくれたのか?
俺たちは、待ってることしかできないんだ。
わかってたたはずなのに。
そんなこと、子供に心配されるなんて。
「もっとしっかりしねえと、母ちゃん失格だな。」
春の柔らかい日差しが眠気を誘う。
だけど、眠ってはいけない。
隣のたまは、あくびしながら幸せそうだ。
人の気も知らないで・・・・・。
「ねえ、総司」
「何?」
「あたしね、総司の子なら産んでもいいかなって。」
「・・・・・。」
一瞬、何を言われたのかわからなくて、固まってしまった。
だんだん理解できてくると、全身から嫌な汗がぶわっと出た。
「おおおれは、ここどもいるし!」
「また・・・総司ったら、頭悪いの?」
「あっ・・・!?」(がーん)
「そんなこと関係ないわ。何遍も同じこと言わせないで。」
たまは本気で言ってるのか?
かつて、こんなに怖いと思ったことあるだろうか。
じりじりとたまの間合いから後ずさる。
そして、隙を見て、ダッシュした。
後ろでたまが何か言っているのが聞こえたけれど
とにかく走って逃げた。
近藤さんが帰ってきたら、すぐ言おう。
わがままだとか、そんなもの構ってられない。
俺はもう限界です。
一日でも早くのぶさんの家に連れてってください。
そう言おうと、かたく決心した。