のぶ姉は、正月休みも暇でしょうがねえらしい。

実家には帰らなくていいのかと聞いたら、めんどくさいという返事だった。

そんなんでいいのか?

まぁ、深く突っ込むのはやばそうだから、それ以上は聞かなかった。

俺としては、こうやって家にいてくれた方が助かるけどな。

ガキどもも、まだ小さいし、ペットホテルも困る。

総司が過保護に育ててしまってるから、俺か総司がいないと泣き出すし。

知り合いに預けられても、先方に迷惑かけてしまう。





総司は、明後日に近藤さんが迎えに来ることになった。

総司といれるのは明日まで。

ガキどもは一生懸命構ってもらっている。

きっと、また行っちゃ嫌だと困らせるんだろうな。

総司も子供と離れるのが辛いようだ。

俺も・・・・寂しい。

でも、仕方ない。

大丈夫だ。

離れていても、きっとまた来てくれるから。

なんて考えていると、のぶ姉がやってきて・・・・。


「歳、公園デビューよ!」

「あ?」

「こういう時しか行けないじゃない。」

「何が?」

「だから、公園よ!」


公園?

何で公園行くんだ??


「チビちゃん達に公園デビューさせるのよ!」

「・・・・・。」


総司も俺も絶句している。

公園デビューって、こいつらも俺も外猫じゃねえし。

外に出るのは総司くらいだろ。

デビューは必要ないって言っても、のぶ姉は聞きやしねえ。

完全に公園デビューとやらにとりつかれてる。

まぁ・・・いいけど。

つか、俺たちが大変なんだけどなぁ。

遠くへ行かないよう、しっかり教え込んでおかないと、迷子になってしまう。

ハルと小鉄にそれぞれ迷子リボンをつけて、早速公園へ向かう,。

総司は抱っこされて、俺とガキは籠の中。

結構重いだろうに、のぶ姉はへこたれなかった。

総司の提案で、近藤さん家の近くの公園に決めた。

あの公園だ。

久し振りだな。

何だか、ちょっと照れ臭い。

だけど、ここなら総司の縄張りだから、万が一、迷子になっても探せる。

外の空気はひんやりとして冷たい。

俺は寒いのは苦手だ・・・・。

だけど、ガキどもは平気な顔してやがる

寒さなんて感じないくらい、珍しい外の世界に興奮している。

寒いから、俺が子供につっくいた。

ガキってのは温かいよな。











まさか、こんなに早く子供達と外に行けるとは思ってなかった。

不安もあるけど、やっぱり嬉しい。

いつもの俺の縄張り。

ここなら、あまり敵もいないから、大丈夫だろう。

外の冷たさなんか気にならなかった。

子供達も平気な顔している。

ただ、歳さんだけは寒いだとかブツブツ言ってたけれど。


公園は、誰もいなかった。

向こうで人間の子供が遊んでいるけれど、ここからは遠い。

ふたりに遠くへ行かないことと、どこかに行きたい時は

必ず、俺か歳さんに伝えることを言って聞かせた。

とは言っても、子供は夢中になってしまえば、忘れてしまう。

だから、しっかり見ておかなきゃ。

短い芝生の上。

仔猫はまだ足元も危なっかしいから、砂利の上よりも芝生がいいだろう。

ふたりとも、はしゃぎまわって、ころころと転げて、枯草だらけになっている。

あっという間に汚れてしまった。

今日は、帰ったら、速攻お風呂だな。



「とうにゃ、こえ!」

「ん?どうしたの?」

「あい!」


小鉄の握り締めた小さな手のひら。

開くと、小さな丸いガラスのかけら。

小石の中に混じっていたらしい。

綺麗な色ガラスは、水色。

歳さんの目の色。


「あげう。」

「・・・俺に、くれるの?」


こくんと頷く。


「ありがとう・・・大事にするよ。」


頭に着いた草や、埃を払ってやりながら小鉄を撫でた。

可愛いな。

ほんの些細なことが、俺をたまらない気持ちにさせる。

俺の知っている、沢山のこと、教えてあげたい。

沢山遊んで、沢山構ってあげたい。

小鉄のくれた宝物は大事にしまった。


そんなことをしていると、ハルが突進してきた。

ハルを見ていた歳さんが、暴れる仔猫にお手上げだったんだろう。


「にゃにゃー!」


勢いのまま、俺の背中に飛び掛ると、小鉄も加わって一緒に転げる。


「やったなぁ!」

「にゃあぁ!」

「うにゃ!」











「元気だよなぁ・・・・。」


寒さを堪えながら、総司とガキどもを眺める。

のぶ姉は隣で「でじかめ」ってもので、あいつらを撮っている。


「ほら、歳、あんたも混ざりなさいよ。」

「いいよ・・・めんどくせえ。」

「もう、あんたって、年寄りみたいなんだから〜。」


ふん。

どうせ、総司より年寄りだよ。

あいつらに付き合ってやれる体力はねえよ。

あー、今日はあいつら風呂決定だな。

俺も早くあったまりてえ。

ぶるぶると震えながら、はしゃぐ旦那と子供を見ていた。











一人でぼうっと空を眺めた。

マンションの窓から見る空とは、どこか違う。

広くて大きい、高い空だ。

あいつらも男だから、いつかは総司みたいに外に出るんだろうか。

子供たちの楽しそうな姿を見ているのも悪くない。

こういうのも、たまにはいいかもしれないな・・・・。

広い原っぱで、元気いっぱい遊びまわっている。

俺は、寒いのは苦手だから、遠慮してえけど。

寒いし、退屈だし、早く家に帰りてえ。

だけど、あの様子じゃあ、暫くは遊んでいるだろう。


・・・・・・。


・・・・・・散歩でもするか。


じっとしていても、震えるだけ。

だったら、少し動いて、体を温めた方がいいかもしれない。

ガキどもはのぶ姉や総司が見ているから、問題ねえだろ。

公園の芝生の上を、景色を眺めながら歩き出した。

枯れ木ばかりの公園は寂しい感じだったけど、俺は嫌いじゃねえ。

暖かくなったら、きっと沢山の花が咲く。

そうしたら、またハルと小鉄と総司とのぶ姉と・・・。

ああ、近藤さんも一緒に誘って来てみたいな。

皆一緒で、花見をしたい。

そんなことを考えていたら、梅の木を見つけた。

白い、小さな花。

俺の好きな花だ。

皆にも見せてやりたい。

もう春は近いんだな・・・・。






一人和んでいると、背後に視線を感じた。

これは敵意の視線。

きっと振り向くと、そこには大きな縞猫がいた。

この猫は・・・アメリカンなんとかいう洋猫だ。

じっとこっちを見ている。

縄張りに入ってしまったのか?

勝手に入って来た俺が悪いけど、何だか感じが悪いから、そっと立ち去ろうとした。


「待て!」

「?」


何だ?

振り向くと、そいつは構えていて、今にも飛び掛りそうだ。


「ここで会ったが運の尽きだ。今度はあの時のようにはいかん。」

「・・・はぁ・・・・?」

「とぼけるな!今日こそはケリをつけてやる。」

「つか、誰だよ。おめえ?」


俺、何かしたか?

滅多に外に出ないから、恨まれることなんかした憶えがない。

ひとちがいじゃねえのか?


「俺はおめえなんか知らねえ。誰かと間違えてねえか。」


俺の一言で、相手が固まってしまった。

わかってくれただろうか。

それとも・・・・火に油だったかな。


あ、こいつ、ぷるぷる震えている。

やべ。

怒らせた方だ。

どうしようかと思いあぐねていると。

もう一匹、猫が現れた。


「なーにやってんの。はじめちゃん。」


アホ・・・軽そうな男だ。

こいつも仲間か?

俺の方をじっと見ている。

2対1は、きついかもしれねえ。

思わず身構えた。


「おお!あんときの可愛い子ちゃん!!」


・・・・・変な奴。

だけど、危ない奴だ。

しかも、こいつも俺を誰かと間違えてやがる。

いい加減、うっとおしくなる。


「だから、誰だ、おめえら!!」

「えー忘れちゃったの!」

「忘れるも何も、俺はおめえらなんか知らねえ!ひと違いだ!!」

「こんな美人ちゃん、俺、間違えないよ〜。ひっどいな〜傷ついちゃったよ〜。」


もしかして、どっかで会ったか?


・・・・・いや、全然覚えてねえ。



「やっぱり、俺はおめえら知らねえし。」

「忘れただと!?」


縞猫から怒りのオーラがびしびし伝わる。

俺の言う一言が、全て油を注ぐみたいだ。

だけど、ホントのことなんだけどなぁ。

どうにか宥めたかったんだが、上手い言葉が見つからねえ。


「・・・・・そうかもしんねえし、そうじゃねえかもしんねえ。」


苦しい言い訳(?)も、余計に相手の怒りを買うみたいで、俺は困り果てた。


「俺みたいないい男、忘れちゃうなんて酷いよ〜。」


おめーには言ってねえし!(怒)

段々イライラしてきた。

ああもう、めんどくせえ!


「憶えてねえもんは、しょうがねえだろ。とにかく、俺ぁおめえらと喧嘩する気はねえよ。」

「じゃあ、俺にえっちなことしてくれら許しちゃおっかな〜v」

「ふざけんな、バーカ!!」


ガコ!!

あ、しまった。

つい、手が出ちまった。


「いってえ!酷いよ酷いよ〜」


とか言いながら、俺にベタベタ触ってくる。

このセクハラ野郎!

ボコって蹴りを食らわす。

決まったと思ったけれど、防がれた。

結構、こいつも強い。

こんなの、2人も相手できねーぞ。


「見かけに寄らず、いい蹴りしてんね。」


セクハラ猫を押し退けて、縞猫の野郎が前に出た。


「どいていてくれ、原田さん。やはり俺は決着をつけねばならん。」

「決着って・・・だから、俺は関係ねえっての!」

「問答無用!」


うわ!

いきなり襲い掛かってきやがった。

寸でのところでかわす。

外に出ねえからって、なまっちゃいねえぜ。

日頃、すばしっこいハルや小鉄を追いかけてたのが意外なところで役に立った。

だけど、このまま逃げるだけなのも苦しい。

どうしよう。


とにかく走った。

逃げて逃げて、追いかけて来るあいつを撒こうとするけれど

なかなか隠れるのにいい場所が見つからない。

繰り出される攻撃をかわしながら、逃げ道を探した。

こんなとこで喧嘩する訳にはいかねえ。

俺はもう、こんなことはしねえんだ。

俺がいなくなったら、ガキどもも、総司も、きっと悲しむ。

あいつらがいるのに、危ないことはできねえ。

だけど、不慣れな土地で何処へ逃げればいいのかわからない。


すぐ曲がった角の先――――――――行き止まりだ。


・・・・・・くそ、もう駄目か。


観念して、追手と向き直った。

追ってきたのは、縞猫だけみたいだ。

仕方ねえ、喧嘩したくねえって言ってる場合じゃないな。

覚悟を決めて構えた、その時。

影が奴に向かって飛び出した。

小さな影が腕にくっついている。


「痛っ!!!」

「にゃあ!」


猫?

腕ごと、ぶんと振り回されて、影は離れた。

くるりと回転して、俺の前に降りて来たのは、仔猫だった。


「小鉄!?」


どうしておめえがここにいるんだ?


「何だ、こいつは!」

「うにゃあ!」


すっくと立ち上がると、両手を広げて、俺を庇う。

小鉄は、奴の腕に噛み付いたらしい。

思い切り噛み付かれたところは、しっかり跡になっている。

ぶるぶる震えながらも、俺を庇うように目の前に立っている。


「小鉄・・・・」


もしかして、俺を追いかけて来たのか?

総司がいない。

どうやら、勝手にひとりで来てしまって、俺を見つけたんだ。

ハルに比べて大人しくて、気が小さい方だと思ってた。

自分よりも大きな大人の猫に向かって行くなんて・・・。

怖がりの癖に・・・・きっと今も怖くてしょうがないだろうに。

たまらなくなって、ぎゅうと抱き締めた。

何かあったら、抱いて逃げることができるように。

だけど、流石に、あいつも仔猫相手だと躊躇っているようだ。


「くそ、こ、子供を使うとは卑怯な・・・・」


俺を馬鹿にする言葉に、小鉄がフーッと逆毛立てて、威嚇する。


「ばか、おめえは下がってろ。」


小鉄を抱え込んで庇おうとするが、必死で抵抗して言うことを聞かない。


「小鉄、もういいから、おめえは逃げろ。」

「いにゃ!かーにゃ、いにゃ!」


小さな手が俺を掴んで離さない。

もういいなんて言いながらも、必死な姿に胸が熱くなった。


「こいつには手ぇ出すな!用があるのは俺だけだろ。」


そうだ、こいつだけは守ってみせる。

俺の大事な子供。

傷つけたりなんかしたら、総司に叱られちまう。

相手は何故か固まったままだ。

何だかわからねえが、今なら逃げられるんじゃねえか。

そう思った時。

ひゅんと音がして、奴に向かって石が飛んできた。


「誰だ!」

「俺の奥さんと子供に手を上げるなら、許しませんよ。」

「沖田!?」

「総司!」


振り向くと、総司が立っていた。

総司の手には石つぶを持っている。

ほっと安心しかけた、その一瞬。

俺の前にいた小鉄が、飛び出した。


「にゃああ!」

「!?」


相手は仔猫だと油断していたんだろう。

小鉄の体当たりに、あいつは、そのままひっくり返ってしまった。

突然の出来事に、俺も呆然としてしまう。

まだほんの仔猫なのに、大人猫を倒してしまった。

総司も驚いている。


「大丈夫?ふたりとも・・・」

「あ、ああ・・・。」


総司が駆け寄り、小鉄を庇う。

反撃されるのを防ぐ為だ。

だけど、奴が起き上がってくる気配はない。

すっかり伸びてしまったあいつに、総司は苦笑した。


「・・・・・知ってる奴か?」

「ええ、まぁ。」

「こいつ、何だか知らねえけど、喧嘩売ってきやがって。」

「知らない相手じゃないから、後でもうちょっかい出さないよう言っておきます。」


総司の縄張りだもんな。

ここら一帯の猫は、顔見知りなんだろう。


「どこも怪我してない?」

「ああ・・・・小鉄が守ってくれたからな。」

「偉いね、小鉄。よく頑張った。」


総司が頭を撫でて抱っこすると、張り詰めていた気が緩んだのか

ぐすぐすとべそをかき始めた。

まだチビの癖に、誰よりも怖がりの癖に・・・俺を守ってくれたんだ。

こいつに何も無くて良かった。


「ありがとうな、小鉄。」




最初に、俺がいないのに気付いたのは小鉄だった。

そのまま、総司に何も言わず、俺を探してはぐれてしまった。

迷子になっていたかもしれないと思うと、ぞっとしたけど

今回だけは叱らないでおこう。

小鉄がいなくなったから、総司は慌てて探しに来て、俺たちを見つけた。

間に合って良かった、と総司もかなり焦っていたようだ。

ハルばかりが暴れてたけれど、こいつも意外に無茶するんだな。

のぶ姉もハルも心配したようで、無事に帰ってきて喜んでくれた。

俺が勝手に離れてしまったことで、心配かけてしまった。

今回のことは俺が悪い。

のぶ姉に謝り、子供にも謝り・・・そして、総司にも謝った。

俺のせいで小さな子供を、危ない目にあわせてしまったんだから。


「怪我が無くてよかった。もう、あまり無茶ばかりしないでくださいね。」


何だかガキどもに言って聞かせる口調と変わらない。

でも、確かにふたりの無茶なところは俺譲りかもしんねえ。











気がつくと、空は夕暮れて。

薄い青に、赤や紫、オレンジ色の光が混じりかけていた。

遊び疲れた仔猫を抱えて、総司と俺はやっと家に帰ってきた。

ほっとする間もなく、ふたりを風呂に入れてやり、外での汚れを落す。

じっとしていられないふたりを洗ってやるのは、骨が折れたけれど。

洗い終わる頃には、ずぶぬれになり、しょうがねえから一緒に入っちまった。

風呂から上がると、疲れが出たのか、うとうとしてるふたりを抱っこして眠らせる。

すっかり眠ってしまったところで寝床の毛布の上に、そっと横たえた。

あどけない寝顔が、いつもよりもいとおしく感じる。

ぷっくりした頬を指でちょんと突付く。


「可愛いな。」

「ええ。俺と歳さんの子ですから。」

「ばぁか。」


起きている時は、悪魔みたいな暴れっぷりなのに

眠っている時は天使みたいな顔してる。


「だって、本当に可愛いよ。」


こいつの子供に向ける目は、可愛くてしょうがねえって目だ。

例え、ひとときでも離れるのが辛いんだろう。

明日には・・・・総司は近藤さん家に帰ってしまう。

色々大変だったけど、今日はいい思い出になった。

こいつらにも、俺たちにも・・・。


「今日は俺の出番無かったね。」

「ああ、小鉄も男の子だもんな。驚いた。」


総司がガキの頃に、そっくりだ。

きっと、ふたりは総司に負けないくらい、いい男になる。



そっと総司の肩にもたれかかった。

総司も、俺の肩に手をまわしてくれた。

ちょっと照れ臭いけれど、しばらくはこうして一緒にいれないから。


「俺のいない間、歳さんは大変だろうけど・・・・宜しくお願いします。」


総司がぽつりと言った。


「てめえの子なんだから、面倒見るのは当たり前だっての。」

「うん。でも、お願いします。」


わかってる。

総司の言葉には、傍を離れてしまう謝罪が込められていることを。

おめえの大事な大事な子たちを守ること。

必ず約束する。

肩に回された腕に手を添えて、しっかり握りしめた。


「また、来てくれるんだろ?」

「ええ、また来ます。」


おめえが来るまで待ってる。

いつまでも、こいつらと一緒に・・・・。



























































(その後)



「なーはじめちゃん、元気出せって。」


原田が、どんよりとした影を背負った斎藤を励ます。


「そんなに好きなら、さっさと告っとけばいいのにさぁ。」


思いつづけた仇敵・・・・裏を返せば、思い人は、すでに人妻で。

しかも子供がいて。

そんでもって、あの沖田の嫁さんだったらしい。

更に、その子供に突き飛ばされて、気を失ってしまったなんて。

色んなショックが重なり、すでに再起不能状態になってしまった。


「あんたに、俺の気持ちはわからん!!」


原田のテキトーな慰めは、斎藤を更に落ち込ませたようだ。

生真面目な分、失恋のショックは大きいらしい。


「俺は人妻でも構わないんだけどねえ〜v」


以前会った時よりも色気も出ていて、原田はますます興味を持ってしまったようだ。