近藤さんがやって来た。

とうとう家に帰らなきゃいけないかなぁと思っていたけれど

どうやら突然の出張になってしまったらしい。

まだのぶさん家にいられると喜んだのは、内緒だ。

ゴメン、近藤さん。

だって、まだ歳さんや子供達と一緒にいたい。


近藤さんは、しばらく来れないから、と

ハルや小鉄をいじりたおしたあと、歳さんを捕まえた。

歳さんは、知らない人間には、とてもそっけない。

呼んでも無視するし、触らせもしない。

無理に触ろうとすると、容赦なく爪で引っ掻く。

それは他の猫でも同じ。

だけど、のぶさんと近藤さんは特別だ。

いじられても怒りもせずに、黙っている。

それどころか、少し嬉しそうだ。

今も、近藤さんの膝の上で気持ち良さそうにしている。

ゴロゴロと喉なんか鳴らして。

俺も、近藤さんとのぶさんに撫でられるのは好きだ。

だけど・・・・。


「ホントにおめえは綺麗な毛並みだなぁ。」


近藤さんの大きな手に撫でられて、歳さんは気持ち良さそうに目を閉じている。

褒め言葉に、当然だ、という顔をして。

何だか、俺は面白くない。

歳さんを・・・ちょっとならいいけど、あまりべたべた触らないで欲しい。

おかしいかな、こんなこと。

落ち着かなくて、近藤さんの周りをウロウロしてしまう。

そうしているうちに、近藤さんが歳さんを解放した。


「ほら、歳、もう行け。」

「何で止めるんだよ。」


気持ちよく、うとうとしていたところを起こされて

歳さんは不満そうだ。


「俺もこうしていたいけどなぁ・・・おめえの旦那が離せってよ。」

「はぁ?」

「さっきから落ちつかねえみたいだからな。」


近藤さんが、俺を見て笑う。

ばれてたのか。

とたん、歳さんが顔を真っ赤にして怒り始めた。


「馬鹿じゃねえのか!」


歳さんが俺に言い放つ。

そんなに言わなくても・・・・。


「まぁ、そう言うなって。大事な嫁さんに、他の男がベタベタして欲しくねえんだろうよ。」


歳さんは、近藤さんの膝から、するりと降りると

ぷいと、隣の部屋へ行ってしまった。

しょぼんとした俺に、近藤さんは


「歳は照れ屋だからなぁ。あとで謝って仲直りしておけよ。」


本気に怒っちゃいねえ、照れてるだけだ・・・と、近藤さんは言う。

そうだろうか。

照れ屋なのは知っているけど、何だか子供みたいなヤキモチで

呆れられていないだろうか・・・・。


気にすんな、と近藤さんは言って、今度はハルと小鉄をいじり始めた。

歳さんの後を追って、部屋を出る。


どうしてだろう。

歳さんは傍にいてくれるのに。

俺を必要としてくれるのに。

今まで以上に、歳さんを求めてしまう。

こっそり後を追った。

歳さんがいたのは、いつもの寝床。

不貞腐れたように、横になっていた。


そろそろと近付いて、顔を覗き込もうとすると・・・・。


「こっち来んな。」


まだ、起きてた。


「ごめんね・・・・俺・・・」

「何で近藤さんにまで妬くんだよ。」


わからない。

歳さんが近藤さんを大好きなのは知ってる。

のぶさんと同じくらい、大好きな人間。

それを、俺が邪魔してしまった。

どうしてあんなことを思ってしまったのか、自分でもわからない。

しょんぼりと項垂れた。

そんな俺を、歳さんは、じっと見て。


「ったく、しょうがねえなぁ。」


歳さんが俺の傍に来た。

顔を、ちょっと驚いてしまったくらい近づけて、俺に言った。


「おめえはもう親父なんだぜ?もっとしゃんとしてろよ。」


ぺろりと鼻の頭を舐められた。

怒ってるとばかり思ってた歳さんは、優しい顔をしていて。

綺麗な、青と緑の目で、俺をじっと見ている。


「もっと、どっしり構えてろ。」


するりと俺の横を通って、出て行った。

















「あんたたち、ラブラブねえ。いいわねえ。」


にやにやとのぶ姉が冷やかす。

くそ、やっぱり聞かれてた・・・・。


「総司がベタベタしてくるだけだ。」

「この分じゃ、ハルたちに弟や妹ができるのも時間の問題ね〜v」


そうだ。

ずっと気になっていたことがある。

聞くのが怖くて、今まで聞けなかったこと。


「なぁ、のぶ姉・・・・あいつら、どうするんだ?」


あいつら・・・とは、ハルと小鉄のことだ。


「ん?」

「このまま、こいつらを育てるのは・・・・」


負担が大きいはずだ。

考えたくはないけれど、いつか・・・・子供を手離すことになるだろう。

今まで、のぶ姉は何も言わなかったけれど。

子供達が大きくなったら、色々と大変になる。

声に出さなくても、俺の言いたい事は伝わったはずだ。


「ばっかねえ、あんたは何も心配しなくてもいいのよ。」


「だけど・・・」

「猫に囲まれる生活って、素敵じゃない。」

「でも・・・」

「あんたは、子供をしっかり育ててればいいの。」

「そ・・・それでいいのかよ。」

「だけど、うちはマンションだからね。もし手狭になったら、あんたち、実家に引っ越す?」

「実家?」

「そう、あんたの兄弟もいるし。あっちは広いからね。」


のぶ姉の実家は、俺の産まれた場所。

あまり記憶はないけれど、田舎で、のんびりしていて・・・・。

そうだな。

それもいいかもしれない。


「じゃあ、そうする・・・」

「ダメ!」

「え?」

「まだダメー!こんな可愛いさかりの仔猫を手離すなんてええ!」

「うにゃ!」


運悪く、隣の部屋からやってきた小鉄が、のぶ姉に捕まった。

抱っこされて、無理矢理頬擦りされて、目を白黒させている。


「ハルも小鉄も、こーんなに可愛いんだもん!!」

「みゃああ!」


また、のぶ姉の猫発作が出た。

可愛い猫を見ると、デレデレのメロメロになる。


「のぶ姉・・・・嫌がってるから。」

「ゴメンね〜小鉄v」


のぶ姉から開放された小鉄が、こっちに走ってくる。

仔猫のくせに、なかなか速い。

そのまま勢い良く抱きつかれた。


「にゃあ!」


見上げる大きな目。

仔猫の匂い。

いつか、こいつも大きくなってしまうんだろう。

だけど、まだ傍にいたい。

いつか離れていってしまうけれど、今だけは・・・・。

抱き上げると、頬を舐められた。

無邪気な笑顔。

ホントに、小さい頃の総司そっくりだ。


「おめえは、どんな猫になるんだろうな・・・」


できるなら、どうか幸せに。

例え、俺たちと離れてしまっても。

ずっと、ずっと、笑っていてくれますように。

大切に思える人が、傍にいてくれますように。


願いを込めて、小さな手のひらを握りしめた。