歳さんの様子が変わった。
子供をあやしながら、何となく、そう思った。
昨夜も思ったけれど・・・・歳さんは、俺のことを見てくれる。
自惚れかと思ったけれど、そうじゃない。
上手く言えないけど、俺を認めてくれている。
そんな視線を感じる。
じっとしていられない子供達の相手をしながら
胸の奥に、温かいものがある。
確かで揺ぎ無いもの。
俺がずっと欲しかったものは、こんなにも綺麗で温かい。
夕方になり、のぶさんが帰ってきて、皆で夕御飯を食べた。
のぶさんの手伝いをしたら、ご褒美に味噌汁の煮干をもらう。
子供達は、まだ食べれないから、歳さんとこっそり食べた。
最初、歳さんは遠慮していたけど、一緒に食べたかったから強く勧めた。
美味いと笑う歳さんを見ていると、俺も嬉しかった。
子供は食欲も出てきて、よく食べる。
だからと言って、食べさせすぎは良くないから
それぞれ面倒見てやって、丁度いい量を食べさせてやる。
「にゃあ。」
「駄目。もうこれ以上はお腹壊すでしょ。」
「うー・・・・もっちょ!」
「駄目ったら駄目。」
「もっちょ!」
覚えたての言葉で、ハルが抗議する。
齧ってくるから、くすぐり攻撃で応戦する。
仔猫と言っても、小さな歯は噛まれると、それなりに痛い。
だからといって、叩いたりなんかできないから、擽る。
歳さんは、容赦なくおしりを叩いたりするけれど、俺にはできない。
だって、こんなに可愛いんだ。
親ばかだって、歳さんは呆れるけど、本当にそう思う。
にゃあにゃあ騒いでると、歳さんの雷が落ちた。
「食事中は静かにしろ!!」
ハルが、ぴたっと暴れるのをやめた。
「・・・・・怒られちゃったね。」
「にゃあ。」
互いに舌を出す。
明るい性格のハルは、怒られても全然気にしてない。
ハルは感情が激しく、だけど単純で素直だ。
暴れん坊で、好奇心が旺盛で、悪戯もする。
逆に、小鉄は、ちょっと人見知りがきつくて
なかなか打ち解けない。
だけど、一旦慣れてしまうと、すごく慕ってくる。
小鉄は子供の頃の俺によく似てると、歳さんが言う。
似てるかなぁ・・・。
自分ではよくわからない。
「小鉄は、俺に似てるんだって。」
当の本人は、きょとんとして、俺を見上げている。
口の周りに御飯をつけているのを、拭ってやった。
確かに、顔はそっくりだと思うけどね。
「にえる?」
「似てる。」
いつか、歳さんに似た子も欲しいな・・・なんて、ちょっと思ったりして。
だけど、今はこの子たちだけで精一杯だ。
早く大きくならないかな。
大きくなったらどんな猫になるんだろう。
一緒にどこか散歩にでも行きたいな。
皆でどこかへ行きたい。
近藤さんの家にも連れて行ってあげたいし、見せてあげたいものもいっぱいある。
色んなこと、教えてやりたい。
歳さんから貰ったものを、子供達へあげたい。
俺が生きていて、楽しいと思ったこと、嬉しいと思ったこと。
暫く遊んでやっていると、歳さんが来て。
「ほら、そろそろ寝ろ。」
「にゃああ。」
まだ遊びたいと嫌がるハルは、歳さんに抱えられて寝床へ連れて行かれた。
「小鉄も、寝ようね。」
頷く小鉄を、ひょいと抱え上げた。
小鉄は聞き分けがいいけれど、抱っこされたハルを羨ましそうにしてたから。
はにかむように笑って、小鉄がしがみ付いてきた。
寝床の毛布は、昼間干していたから、ふかふかだった。
親子川の字で眠る。
川にしては一個多いけど。
歳さんと俺の間に、子供が眠る。
順番も決まっている。
俺と、ハル、小鉄、そして歳さんの順。
ハルは俺の傍。
眠っていても元気が有り余って、寝相が悪いから
時々蹴っ飛ばされたりする。
蹴飛ばすのは、決まって右足。
だから、右側には俺がいる。
仔猫だから、力は強くないけど
それでも、たまに夜中にびっくりして起きることもある。
だから、俺の隣で寝かせる。
そして、小鉄は、歳さんの傍。
小鉄は、時々おねしょしてしまう。
歳さんは、すぐに気付いて、手際良くタオルを替える。
そして、ぐずる小鉄を抱き締めてやる。
やっぱり、今夜もおねしょしてしまったようだ。
歳さんが音を立てないように、始末している。
「大丈夫?」
「ん・・・・平気だ。寝てていい。」
小鉄が寝付くまで、歳さんは根気良く撫でてやる。
俺もこうやって面倒見てもらったから、懐かしいような、恥かしいような複雑な気分だ。
歳さんは、普段、子供は放っておくタイプで。
俺がいると、特に構わない。
一人で昼寝なんかしたりして、子供は放ったらかしだ。
照れ屋だから、素直に表現できないところもあるんだろう。
だけど、それは歳さんが冷たい訳じゃなくて。
子供が病気になったり、ぐずったりすると、歳さんは母親の顔になる。
不安がる子供を優しく宥めて、安心して眠るまで子供の傍にいる。
俺も、子供達の様子には敏感になってるつもりだけど
やっぱり、母親には敵わないところがあると思う。
表面から見ただけは、わからないようなことも歳さんは知ってる。
関心がないように見えて子供の体調をしっかり把握している。
どうしてわかるんだろう?
いつも傍にいても、俺にはわからないことがあるけれど
歳さんには、何でもわかるようだ。
ぽんぽんと、小鉄の背中を叩く音。
優しい囁き。
俺が子供の頃も、よく熱を出したり、不安で夜泣きした。
そんな時も、歳さんは嫌な顔一つしないで優しくしてくれた。
傍にいる。
だから、安心して眠れ。
繰り返し、そう囁いた声。
今は、子供達のもの。
懐かしい、いとおしい声。
優しい体温。
あの腕の中にいるのは、もう自分ではないけれど
それでも、そのぬくもりは覚えている。
寂しさなんて知らなかったけれど
自分は、ずっと寂しかったのだと、思い返す。
ひんやりとした夜の空気を感じるけれど
少しも寒くなかった。