「こら!ハル!!」
歳さんがハルをがっちり捕まえる。
仔猫の足で走っても、すぐに追いつかれる。
特に歳さんは足が速いから、あっというまだ。
「うにゃにゃあ!!」
「また悪戯しただろ!」
抱え上げられたハルはもがいて、歳さんから逃げようとするけれど
歳さんはしっかり掴んで離さない。
そのまま、横抱きにされて、ハルのおしりに母の制裁が下る。
「にゃあああん!!」
ぱぁんと打つたび、びいびいとハルが泣き出す。
2発叩かれたところで、止めに入った。
「歳さん、もういいんじゃないかな。ね、ハルも反省したでしょ?」
「甘え!もう3回目だぞ、悪戯するの。」
そのまま、歳さんの3発目がヒットする。
「いちゃーい!!」
「あんまり叩くと、可哀想だよ。」
「おめえがそんなんだから、こいつが懲りねえんだよ!」
「うん、ごめんね。」
矛先が俺に向かってる間に、泣いてるハルを抱っこする。
「にゃーん!」
「よしよし、もう悪戯しちゃ駄目だからね。」
「・・・っとに、おめえはガキには甘いよな。」
歳さんが溜息をつく。
最近、ハルも小鉄も元気が余っていて、悪戯ばかりする。
小鉄は大人しい方だから、あまり酷いことはしないけれど
ハルは元気いっぱいの暴れん坊だ。
壁で爪を研いだり、ティッシュの箱をボロボロにしたり。
その度に、のぶさんに頭を下げているけれど、歳さんの制裁を見ていたら
のぶさんまで止めに入ってしまう。
ホントに容赦ないんだ。
「歳ったら〜まだ子供なのよ。酷く叱ったら可哀想よ。」
「また、のぶ姉まで・・・ガキは厳しく躾なきゃいけないんだよ!」
「あんたって、ホントにスパルタなんだから・・・・。」
そう、歳さんは厳しいんだ。
だけど、ハルはどんなに叱られても悪戯する。
見つかるたびに逃げて・・・逃げ切れたためしがないけど
こうやって歳さんの雷直撃だ。
男の子だし、少しくらい悪戯する元気があった方がいいと思うけど・・・・。
「にゃあーん・・・」
べそをかいたハルを撫でて、涙だらけになった顔を、そっと拭いてやる。
「ほーら、ハルちゃん。痛いの痛いの飛んでけ〜」
のぶさんも、ハルたちには甘い。
元々、猫にはとっても優しい人だから、可愛い仔猫には特に甘いんだ。
俺も、仔猫たちには、躾も大事だとはわかっているんだけど
やっぱり、こんなに泣いたりすると、可哀想になってしまう・・・・。
優しく背中を擦って、毛づくろいをして・・・と
歳さんから、ちょっと離れて、ハルをあやす。
ようやくハルは、泣き止み始めた。
「よしよし・・・もう痛くない?」
「・・・みゅう」
小さな手で目を擦りながら、こくりと頷く。
「そんなに擦っちゃだめだよ。」
俺の大事なもの。
歳さんも、子供達も大切で。
もっと俺がしっかりしなきゃいけないのに。
歳さんにばかり損な役割をさせてしまってる。
「ママにごめんなさいって言おうね。」
「いにゃ!!」
ハルがぷいと横を向く。
さっきまで泣いてたくせに・・・・。
ハルの気の強さは、間違いなく歳さん似だ。
どうしたらいいのかな。
「ハル、悪いことしたんでしょ。謝らないとダメだよ。」
「いにゃー!!」
「わぁ!いてて・・・」
歳さんとこに連れて行こうとすると、腕に噛み付いて抵抗する。
強情さも譲り受けているんだな・・・・。
どうしたらいいのか途方に暮れる。
しょうがないから、抱えていたハルを降ろすと、一目散にどこかへ走って行ってしまった。
あーあ・・・・・。
手ごわいなぁ。
段々色んなことがわかるようになって、ハルも小鉄も自分の意志がある。
特にハルは気が強くて、好奇心の塊で、いたずらばかりだ。
「みゃあ・・・・」
気付くと、小鉄がこっちを窺っている。
「どうしたの、おいで。」
声をかけると、おずおず近寄って来る。
小鉄は、ちょっと甘えん坊で寂しがりやだ。
抱き上げると、すりすりとしがみついてくる。
「小鉄はいい子だね。」
ハルに構ってばかりなのが寂しいんだろう。
双子なのに、こんなに性格が違うんだ。
子育てって大変だな。
その日、のぶさんが家にお友達を連れて帰ってきた。
いつものように、家族でお出迎えする。
「お邪魔します。わぁかわいい〜!」
「でしょう。ちゃあんとお出迎えしてくれるのよ。」
「いいなぁ。猫ちゃん達、お利口ね。」
お客様は、猫好きらしい。
歳さんは触らせてくれないから、俺を撫でてくれた。
「ホント、三毛の男の子だ〜。すっごーい、初めて見たー。」
・・・・また珍しいって言われた。
俺みたいなのは、どこにでもいそうだけどなぁ。
人間の言うことは、時々よくわからない。
「あ・仔猫ちゃんだ。おいでおいで〜。」
物影に隠れていたハルと小鉄が、こっちを窺っている。
俺が「おいで」と合図すると、二人が勢い良く走ってきた。
だけど、俺の後ろに隠れて様子を窺ってる。
「ね、お父さん、この子達、触らせてくれないかなぁ。」
小鉄・・・・・は無理か。(ぶるぶる震えてるし。)
ハルならいいかな。
「ハル、こっちにおいで。」
「みゃん。」
好奇心でいっぱいなハルは、初めて見る人間に、目を爛々とさせている。
わがままで、強情で、好奇心旺盛で、愛想が良くて社交的・・・。
ハルは、俺と歳さんの強いところが目いっぱい出てるなぁ。
小鉄は正反対。
臆病で、優しくて、人見知りで、おとなしい。
お客様の相手はハルに任せて、ぎゅうとしがみつく小鉄の毛づくろいをしてやる。
小鉄はいつもこんな調子だ。
知らない人が怖いらしい。
もう少し、他の人に慣れてくれればいいんだけど・・・・。
「大丈夫だよ、のぶさんのお客様だからね。」
一旦、慣れてしまうと人懐こいんだけどなぁ。
元から愛想のいいハルだけど、今日は特にお客様に気に入られてしまったみたいだ。
可愛い可愛いと褒められて、ハルも嬉しかったんだろう。
すっかり懐いてしまっている。
「この子、うちに来てくれないかなぁ。」
「え?」
「もらっていくんじゃなくて、一日だけ。」
突然のことで、のぶさんは固まっている。
それを傍で聞いてた歳さんも・・・・。
だけど、ハルは、嬉しそうに喜んでいる。
お客様の膝に乗って「みゃあ」と返事してしまった。
俺が動くより早く、歳さんがハルに近寄った。
「ダメ。おめえはまだ一人では無理だろ。」
こっちにこい、と。
歳さんがハルを抱っこしようとするけど・・・・。
「かーにゃ、ヤ!!」
ハルがぷい、と横を向く。
さっき、叱られたことを根に持ってるみたいだ。
覚えたての言葉で拒絶されて、歳さんが一瞬、固まったけれど
すぐに復活して、負けずに言い返す。
「あのなぁ、おめえ一人で他所の家に泊まれるわけないだろ。」
だからこっちへ来い、と歳さんがハルを宥めるけれど・・・・。
ハルはべえっと舌を出した。
「かーにゃ、うるにゃい。」
うるさい・・・・って言った?
喋ったのは嬉しいけど、よりにもよって歳さんへの文句だとは・・・・。
歳さんは完全に固まってしまっている。
そして、不穏な空気が漂い出す。
「わかった、もういい!おめえなんか他所の子になっちまえ!」
売り言葉に買い言葉。
完全に頭に血が上ってるんだろう。
ああ・・・歳さんを怒らせちゃった。
なのに、ハルはべーっと舌を出す。
結局、ハルはお客様に連れられて行ってしまった。
一日だけで、ちゃんと戻って来るんだろうか。
・・・・どうしよう。
「のぶさん、あの・・・・」
「わかってるわよ、一日だけね。すぐに戻ってくるから、心配しないで。」
良かった。
だって、こんな形で別れるのは嫌だ。
のぶさんも、あんなに小さいうちから手離すつもりはないみたいだ。
いつかは別れる時が来るかもしれないけど、まだあの子達は傍にいて見てやりたいんだ。
わがままかもしれないけど、一人で生きていけるようになるまで、傍にいたい。
「まぁ、歳もカッとなってるからね。少し頭冷やしてやりたいし。」
「歳さんは・・・・」
「あの子の性格だもの、きっと今ごろ後悔してるわよ。」
のぶさんは、歳さんの飼い主だけあって、歳さんの、ああいう性格は充分承知してるんだ。
ほっとした。
だけど、俺ってダメだなぁ。
もっとしっかりしなきゃいけない。
こんなんじゃ、頼りなくて、歳さんに愛想尽かされてしまうかもしれない。
「総ちゃんも大変だけど、いつもみたいに歳を支えてあげてね。」
落ち込んでしまいそうになった俺に、のぶさんが優しく撫でてくれた。
「あの子、心にも無いこと言っちゃうけど、ホントは違うのよ。」
「はい・・・・・」
「歳のああいうところ、わかってやれるのは総ちゃんだけだからね。」
そうかな。
俺は、歳さんの支えになれるかな。
歳さんは御飯の時も、ずっと上の空だった。
何か考えているようで、ぼうっとしてる。
やっぱり、ハルのことが気になってしょうがないんだ。
明日帰ってくるとわかってても、それでもまだ小さな仔猫だ。
慣れない場所で、どうしてるか気になるんだろう。
もし、このまま帰ってこなかったら・・・・という不安もある。
いつかは、そんな日が来るんだろうか。
子供達と別れてしまう日が。
歳さんもわかってる。
厳しさは、子供のことを想ってのことだ。
一人で生きていけるように、寂しくならないように。
たくさん叱って、たくさん愛情を注ぐ。
それが俺たちにできること。
夜、眠る時も、歳さんはなかなか寝付けないようで、何度も寝返りをうっている。
俺も、ハルが気になって眠れない。
小鉄が良く眠っているのを確認して(起きてると寂しがって泣くから)、歳さんの傍に行く。
「・・・・眠れないの?」
「ん・・・起こしちまったか。」
「違うよ。俺も、ハルが気になってるんだ。」
「・・・・ゴメンな・・・」
「どうして謝るの?」
「だって、俺が、あんなこと言わなきゃ・・・子供の言うことなのに・・・・」
歳さんのらしくもない小さな声。
表には出さないけど、かなり落ち込んでるんだ。
「お互い意地っ張りだからね。ハルのああいうとこ、歳さんそっくりだよ。」
「悪かったな。」
「悪くないですよ、歳さんは何も・・・・だから、落ち込まないで。」
「落ち込んでなんか・・・」
「自分を責めるのもダメですよ。たまにはいいじゃないですか。ハルには貴重な体験ですよ。」
「でも、あいつはまだ小さいし・・・・」
「明日、元気に帰ってきますよ。」
よしよしと歳さんを撫でる。
まるでハルや小鉄にするみたいに。
そんなことをすると怒られると思ったけれど、歳さんはされるがままだ。
大きな目に、じわりと涙が滲んでる。
「泣かないで・・・大丈夫ですから。」
「だって・・・・ハル・・・」
ぼろぼろ涙を零す歳さんは、子供みたいで。
俺にしがみついて、泣き出した。
こんなに不安でいっぱいだったんだ。
大丈夫だよ。
あの子は、まだ子供だけど、強い子だから・・・。
バタバタと隣の部屋が騒々しい。
何だろう?
誰か来たのかな。
こんな時間に・・・・。
暫くすると、こっちに足音が向かってくる。
のぶさんがブランケットを抱えて入って来た。
「のぶ姉?」
歳さんが、目を擦りながら起き上がった。
「はい、王子様のお帰りよ。」
そう言って、のぶさんが両手で抱えていたものを、こっちに突き出した。
毛布に包まれた仔猫。
「ハル!」
「にゃああん!!」
飛び込んで来たハルが、歳さんにぎゅうと抱きつく。
「夜になったら泣き出しちゃって・・・あっちのお家で、大変だったみたいよ。」
やっぱり、まだ仔猫だもんね、と、のぶさんは苦笑している。
歳さんに抱っこされて、にゃあにゃあ泣いてるハル。
ずっと、寂しくて泣きっぱなしだったらしい。
「ほら見ろ・・・おめえ、言ったとおりじゃねえか。」
言葉とは裏腹に、歳さんはとても優しい顔をして、ハルを撫でている。
「とーにゃ。」
「ああ、はいはい。」
だっこ、と両手を広げる。
歳さんの次は俺ですか。
ぐりぐりと顔を擦りつけて、嬉しそうに笑ってる。
やっぱり、まだ仔猫だ。
「こらー!ハル、またやりやがったな!」
「にゃああああん!」
今日も歳さんの雷が落ちる。
ハルは、全然懲りずに、悪戯し放題。
そして、俺は二人の間に入って宥め役。
ちっとも変わらない。
だけど、ちょっと変わったことといえば。
「こら、ハル。悪いことしちゃ駄目でしょ。」
俺に叱られたのが意外だったのか、ハルも歳さんも目を丸くした。
ハルは、ぶうっとむくれたけれど、小さな声で。
「・・・・ごめんしゃい・・・」
「いい子だね、偉いよ。」
抱き上げて、撫でてやる。
ばつが悪いのか、ハルがぎゅうとしがみ付いてくる。
「小鉄もおいで。」
傍で見てた小鉄も抱き上げる。
結構、重くなってきた。
二人を抱っこできなくなるのも、近いような気がする。
小さな小さな俺の宝物。
いつまで傍にいられるのか、わからないけど
忘れないで。
歳さんや俺が、ハルと小鉄を・・・・ずっと大好きだってこと。
大きくなっても。
離れてしまっても。
寂しくなったら、思い出して。
いつでも、どんな時でも
俺と歳さんが傍にいること。