目を覚ますと、左手にふわりとした毛の感触が当たる。

猫だ。

てっきりたまかと思いきや、総司だった。

普段なら、すぐに物音や気配で目を覚ますはずなのに、ぴくりとも動かない。

具合が悪いようには見えず、呼吸も規則正しい。

単に疲れているようだから、そっとしておいた。


丸くなって眠る姿は、でかい毛玉のようだ。

公園で拾った小さな死にかけの仔猫は、こんなにでかくなった。

他の猫よりも、立派で、きりりとした猫になった。

育てた奴のせいかもしれない。

当時、俺は仕事が忙しく、弱っている総司につきっきりで面倒を見ることができなかった。

だから、友達の猫に預けた。

それが歳だ。

歳はよく面倒を見てくれて、この仔猫を立派にしてみせると、俺に誓ってくれた。

そして、その通りに育ててくれた。

歳も、まだ若い猫で仔猫なんて育てられるか不安だったけれど

そんなことは要らん心配だったようだ。



だけど。

まさか、その歳と総司が、つがいになるとは思ってもみなかった。

歳は美人だが、気位が高く、そう簡単に雄猫を近づける性格じゃなかったはずだ。

なのに、お互い好き合っているようで、驚いた。

総司が歳に惚れているのは知っていたが・・・・総司には悪いが、歳は相手にしないと思ってた。

餓鬼の頃から一緒で、そういう相手には見てもらえないんじゃないかって。

だけど、総司は歳を射止めた。

飼い主として、ちょっと見直してしまった。

しかも、その後、しっかり子供までこさえてやがった。

歳がいきなり仔猫を産んだと聞いた時には、もっと驚いた。

付き合ってるのは知ってたけれど、そこまで深い仲になってるなんて思わなかった。

まだまだ子供だと思ってたんだけどなぁ・・・・。

結構、手が早かったんだな、お前。





仔猫は、二匹とも総司に似ている。

元気で可愛いオスの仔猫。

一匹は、俺が名付けた。

子供だと思っていた総司は、すっかり父親の顔をして、仔猫の面倒を見ている。

すっかり嫁の家に入り浸りで、帰ってこないのには困ったけれど

総司の幸せそうな顔と、可愛い仔猫を見ていると、仕方ないとも思った。


こんなに離れるのも、初めてだろう。

ちょっと悪かったな、と思い、できるだけ早く会わせてやろうと

予定より早めに帰ることにした。

毎日、たまに追いかけられて、気が休まらないだろうし。

歳に遠慮してか、たまに迫られても総司は逃げるばかりだ。

猫のくせに、身持ちの堅いやつだ。

それだけ歳に惚れてるってことか。




「こんなとこにいたの。」


死んだように眠る総司を見ていると、たまがやってきた。

やっぱり何かあったんだな。


「なぁ、あんまり苛めねえでやってくれよ。」

「苛めてないわよ。ふん、こんな意気地のない男。」


たまが吐き捨てるように言う。

何だか、自分が言われているようでいたたまれない。

どこの世界も、女が強いんだなぁ・・・・・。


たまは、すっと総司に近付くと、かぶり、と肩に噛み付いた。

総司は何事か呻いたが、起きることはなかった。


「とっとと連れて帰って。」


たまはぷい、と背を向けると、何処かへ行ってしまった。

噛まれたところは痛々しく跡になっている。

たまの悔しい跡。

もてる男は辛いよな。













疲れの残る総司を車に乗せて、久し振りの我が家についた。

総司は、車の中でずっと眠っていた。

どこか悪いのかと思い、具合はどうかと聞けば、平気だという。

家にたどり着いた頃には、ずっと熟睡していたせいか、元気になっていた。

単に疲労と睡眠不足だったみたいだ。



「これから、のぶん家に行くか?」


総司の耳がぴっと立つ。

正直なやつだ。


「近藤さんが疲れてないなら・・・・」


行きたいと、控えめに言う。

我が飼い猫ながら、律儀というか・・・・・。

歳の教育も徹底してるな。


「今日は、お前泊まってきていいぞ。」


のぶに連絡しとく、と言えば

総司の顔が、ぱっと晴れる。

愛妻と可愛い子供にようやく会えるんだら、仕方ないか。


「ま、ゆっくりしてこい。」

「ありがとうございます!」


再び、総司を車に乗せてのぶのマンションに向かった。