「ハチ、どうなの?」
「どうって?」
「のぶ先生の猫・・・・歳のことよ。」
「ああ。」
「何よ〜ややこしいことになってんの?」
「そうじゃないさ。」
「へえ?」
「オイラも二度振られるのは嫌だからね。」
「そっか・・・・。」
「隙があるかと思ったんだけどねえ。」
あんな風に泣かれて、旦那が少し羨ましいと思った。
「もう行くのやめる?」
「いや、オイラは歳さんの大事な友達だもの。」
だから、あのひとがいらないと言うまで通いつづけようと思う。
子供の頃。
俺は優しくて綺麗な歳さんが大好きでたまらなかった。
歳さんも俺に笑いかけてくれるから、単純な子供だった俺は
自分は歳さんの特別だと信じていた。
「歳さん。俺、大きくなったら立派な猫になるよ。」
「そうか、じゃあもっともっと頑張らなきゃな。」
「頑張るよ!」
「好き嫌いするなよ?」
「うん!」
綺麗な指で撫でてくれて、嬉しかった。
歳さんと一緒にいると、胸がどきどきして、うずうずして
何だかくすぐったいような気分だった。
「大きくなって、歳さんを守ってあげるよ!」
「ありがとな。」
だから、大人になったら・・・俺と・・・・。
「でも、それはおめえの嫁さんに言ってやれ。」
ずっと一緒にいてくれると信じきっていた。
けれど、歳さんから見た俺は、ただの子供で。
弟のような存在でしかなかったんだ。
それを思い知らされた時、俺は悲しくてたまらなかった。
歳さんのせいじゃないとわかっていても・・・・。
それから、俺は歳さんが子供扱いするのを嫌った。
冷たく突き放して、悲しい思いをさせてしまった。
どうしようもない子供だった。
それなのに・・・・歳さんは俺の傍にきてくれた。
ずっと、ずっと歳さんだけ見てきた。
他のひとに目移りしたことなんかない。
今までも・・・・・これからも。
「あのさ・・・。」
「何よ?」
「もうちょっと離れて・・・・。」
昼寝をしようと横になれば、たまがくっついてくる。
隙を見せると、抱きついてきたりして・・・・。
ちえさんなんかは「仲良くていいわね〜」なんて言うし。
どうしてこの状況がわからないんだ?
どんなに逃げても、たまは追って来る。
すっかり俺はおもちゃだ。
今では半分諦めている。
けど、変なことはする気もないし、したくない。
たまは可愛いけれど・・・・歳さんに顔向けできなくなることはできない。
丸くなって、眠ってしまおうと思った時。
背中にくっついた、たまが声をかけてきた。
「ねえ。」
「・・・・・何?」
「あたし、総司のこと、かなり好きだよ。」
「・・・・・どうも・・・・。」
「総司は、あたしのこと、好き?」
「・・・・・。」
直球すぎて、どう答えていいのか、わからない。
「俺には・・・・」
「奥さんがいるんでしょ?もう聞き飽きたよ。」
「ごめん・・・。」
そっと、背中からたまの温もりが去っていった。
やっと諦めてくれたのかと、ほんの少し安心した。
気が抜けてしまったうえに、ずっと寝不足だったせいで
俺は深い眠りに入ってしまった。