「せーんせ!仔猫見に来ましたよ〜!」


この声は・・・・。


「いらっしゃーい。上がって。」


え?


「これお土産です〜。」

「あっ、悪いわねー。」


おい?


「あら!」

「ええ、この子も是非見たいって言うから、連れて来ちゃいました!」

「え・・?・・あ・・・そ・そう・・・!」


もしかして・・・・。


「さー着いたわよ、ハチ!」


がばぁ!


今、ハチってったか!?

ハチって・・・・あいつが来たのか!?

そうだ、あの声は、伊庭の飼い主の娘の声だ。

どうしよう・・・・来るなんて、聞いてねえ!



・・・・・・・。



・・・って、いや、待て、落ち着け。

別に、慌てることはねえじゃねえか。

奴には、ちゃんと総司と・・・って話したじゃねえか。

あいつも納得してくれたじゃねえか。

何慌ててるんだ。



「きゃあ!可愛い!」

部屋に入ってきたのは、ハチの飼い主と・・・・ハチ。

するりと部屋に、音もなく入ってきた。

綺麗な毛並み。

いるだけで空気が華やかになる。

相変らず身のこなしといい・・・・上品な猫だ。

ハチは、俺を見ると、優しく微笑んだ。


「歳さん、久し振り・・・・・元気そうだねえ。」

「お、おう・・・・・おめえもな。」


思わず、声が上ずってしまった。


いつもと違う気配に気付いたのか。

傍で寝ていた仔猫が目を覚ました。

だけど、まだ、ぼうっと寝惚けて、ふにゃふにゃしてる。


「起こしちゃったわね。ごめんね。でも、可愛い〜!」


ハチの飼い主は大喜びだ。


「ね、ね、この子、抱いてもいい?」

「あ、あ・・・ちょっと待ってくれ。」


ハルを毛づくろいして、目を覚まさせてやる。

小鉄より、ハルが社交的で、物怖じしないから。


目が覚めても、ハルは、何が起こってるのかわからない。

目の前に、見知らぬ人間がいるのだ。

不安げに、じっと俺を見上げている。


「みゅう・・・」

「ん?大丈夫だからな。ちょっとあの姉さんと遊んでやってくれ。」


取り合えず、嫌がってないようだからOKした。

ハチの飼い主は、ハルを嬉しそうに、そうっと抱き上げる。

仔猫は、まだ手のひらで包めるほど、小さい。


「いやあん、ふわふわ〜!」


ここにも猫馬鹿がいたか・・・・・。


その様子を見て、ハチが感心したように言った。


「すっかり母親だねえ。名前は何ていうんだい?」

「抱っこされてるのが、ハル。こっちが小鉄。」


目を覚ました小鉄は、初めて見る、俺と総司以外の猫に戸惑っている。

俺の後ろに隠れて、そうっと様子を窺っている。


「こいつ、ちょっと人見知りなんだ。」

「ああ、驚かせて悪かったね。おいら、ハチってんだ。よろしくね。」


ハチが、屈んで小鉄に話し掛けるが

小鉄は俺を見て、不安な顔をしてる。


「大丈夫だ。こいつは俺の友達だから。」


ひょいと抱き上げて、軽くあやしてやる。

ぴょこんとはねた寝癖を舐めて直してやりながら、ハチのところまで抱えていく。

おどおどと小鉄がハチを見ている。

ハチは、にっこり笑って両手を広げた。


「おいで。」


小鉄がおずおずとハチに抱っこされる。


「優しいおじちゃんだから、大丈夫だって。」


ちょいと小鉄の頬をつつく。


「おじちゃんとは酷いよ。おいら、まだ若いのに・・・。」

「はは、悪い。確かに、まだお兄ちゃんだな。」

「可愛いね。でも、歳さんには、あまり似てない気がするよ。」

「ああ、どっちも旦那似だからな。」

「旦那さんは?」

「実家に帰った。」

「へえ、もう。じゃあ、おいらが新しいお父さんになろうかな。」

「馬鹿。勝手に家庭不和にすんな。」

「歳さんなら、連れ子再婚でも全然構わないよ。」

「ありがとよ。旦那に逃げられたら宜しくな。」


ハチがじっと俺の顔を見ている。


「何だ?」

「いや、歳さんの旦那が羨ましいね。」

「?・・・・そうか?」

「こんな美人を奥さんにできてさ。」

「ありがとよ。」

「世辞じゃねえよ。」

「はいはい。」


以前みたいに軽口を叩いて。

何だか、こういうの、久し振りだ。



暫くすると、慣れてきたのか

ハルも小鉄も、すっかりハチに懐いてしまった。

仔猫は爪の加減もわからないから、あちこちひっかかれて痛いだろうに

ハチは子供が何をしても、にこにこ嬉しそうだ。


こいつって、どんな奴にも好かれるんだろうな・・・。


子供だちが、遊び疲れて眠気を催したところで

ハチ達はそろそろ帰ると言い出した。


「疲れさせちゃったね。」

「たまにはいいさ。こいつら力余ってるから。」

「今日は、歳さんに会えて嬉しかった・・・・。また来るよ。」


俺は、ハチの別れ際の言葉に、苦笑するしかなかった。

でも、俺も、ちょっと楽しかった。

毎日、子育てばかりだったから、気分転換になったし。

子供達も、いつもと違って、はしゃいでた。


ただ。

頼むから総司のいる時には、来ねえで欲しい・・・・と、思った。




「歳・・・ごめんねえ。まさか連れてくるとは思わなかったのよ。」

「変な気、使うなよ。別に、あいつとは何でもねえし。」


そうだ、ハチは友達だ。

俺にだって、友達くらい、いる。

平気だと言っても、のぶ姉は心配そうだ。


「そう・・・でも!一応、総ちゃんには内緒にしとくわね!」


いいってのに・・・・。


だけど。

もし、今日のことを知ったら。

あいつのことだ、きっと勝手に誤解する。

それに、やたら鼻が利くから・・・・不安が過ぎった。

総司の留守中に、他の雄猫を家に上げてしまったんだ。

いや。

ここは俺の家だ。

誰が来ようと、あいつには関係ない。

ハチは、本当にただの友達だし。

別に疚しいことは、全くない。

だから、大丈夫だな。



・・・・・・・・。





「のぶ姉。」

「ん?」

「・・・・あとでふたりを風呂に入れる。」

「あ、やっぱり?」


後ろめたい気持ちなんか、ないけれど。

やっぱり火種になりそうなものは、消しておきたい。

あいつ、あれで意外と嫉妬深いからなぁ。