鬼の霍乱







 「土方さん、入りますよ。」


 「…おう。」


 少し掠れ気味の声が部屋の内側から聞こえて、沖田は障子を開けた。


 「珍しい。
 鬼の霍乱だって、みなが言っていますよ。」


 土方は数日前からの風邪をこじらせ、今日はとうとう朝から床についていた。


 「私が大阪に行く前はなんともなかったのに。」


 沖田が言いながら、布団の横に腰を下ろした。

 沖田はちょうど、土方が風邪をひく前に、下阪する近藤の供で大阪へ行って
 戻ってきたところだった。


 「…近藤さんは?」

 「先生は醒ヶ井に。」


 醒ヶ井には近藤の妾宅があった。

 ああ、と土方は布団の中で頷いて。
 それなら大阪の件は上手くいったんだな、と安心したように瞬きをした。


 いつもは青白いほどな土方の頬が、熱のせいかほんのりと紅い。

 まるで白桃のようだと、沖田は土方の頬を手で包んだ。


 嬉しそうに、花が綻ぶようなはにかんだ笑みを浮かべて土方は目を閉じた。


 思っていたほど、熱は高くない。

 島田さんは心配性だから。

 大きな体で、子供が風邪にかかったように土方の心配をする島田がおかしくて
 沖田は心の中でくすりと笑った。


 火鉢の上に乗せられた鉄瓶から湯気が立ち昇っている。

 これも島田が置いたものだろうか。

 障子にあたる冬の陽射しがやわらかい。



 「鴻池からね、お土産をもらいましたよ。」


 土方の頬を手で包んだまま、親指で頬を撫でながら沖田が言って。

 問うように瞬きをした土方の頬から名残惜しげに手が離れ、小さなえび色をした
 袱紗を土方の目の前に持ってきた。


 「土方さんにお土産だそうです。」


 あのおじいちゃん、土方さん好きだからなァ。やっかみ半分、嬉しさ半分の声で
 そう言って、土方が起き上がろうとするのに手を貸した。

 そのまま土方を抱き寄せて、布団の上に起き上がった土方の上体を自分の体に
 もたれ掛けさせた。


 土方を包み込むように土方の体の後ろから手を回し、小さな包みを解いてゆく。

 袱紗の中から現れたのは、油紙に包まれた箱のような形の。


 「……菓子?」


 土方が覗き込むように首を傾げる。


 「かすてらという菓子だそうです。
 もとはポルトガルのものらしいですけど、長崎で作っているとか。」


 好奇心旺盛な瞳が子供のように輝いている。


 白い細い指がゆっくりと油紙に伸ばされて。


 沖田は、その白い指をふと握ってしまいたい衝動をかろうじてこらえた。


 油紙を開くと、頭にこげ茶色の屋根をのせた黄金色のやわらかそうな
 四角い形が現れた。

 目を輝かせながらも、どうしたものかととまどっているかのような土方の代わりに、
 沖田がかすてらをそっと指でつまむ。

 それは、沖田の指にやわらかく抵抗をしてから、ふわりとちぎれた。

 土方の口に入る大きさにちぎったそれを土方の口へ運ぶ。

 土方は目を閉じて、沖田の指からそれを口へ含んだ。

 薄紅の唇は、しばらくかすてらを含んだまま動いてから、


 「んめえ………。」


 うっとりと吐息とともに呟いた。


 「でしょう?」


 卵でつくった菓子だから、風邪にもいいそうです。と言いながら、今度は自分で
 指を伸ばす土方の側から離れ、沖田は茶をいれた。


 「おめえは?」

 「私はあちらで十分いただきました。」


 それに。と、土方の傍らに戻って。


 「私はあなたを食べたい。」


 紅くなった土方の額に口づけた。






またもや、まりり様から、あまーいお話を強奪しちゃいましたv
この甘さに、うっとりしちゃいます。
ああ、幸せだぁ〜vvv
まりり様のお話は、ずっと浸っていたくなる幸せな甘さが魅力の一つです。
指で食べさせるのって、色っぽくて大好きです。
ありがとうございました!







この後の二人のお話をいただきました!
素敵なオマケですよ!
GO!