「うん、わかったわ。・・・・・ちょっと待って。」


週末の夕方、近ちゃんから電話があった。

総ちゃんは、浮気なんてしてない。

きちんと訳を話して謝らせるから、来てもいいか・・・・だって。


「ねぇ、歳。明後日、総ちゃん来るんだけど・・・」

「嫌だ。」

「どうしてよ、きちんと理由を話しに来るのよ。」

「・・・・しばらく会いたくねえ。」


うちの猫は、意地っ張りな上に、臆病だ。

また傷つくのが怖いんだろう。

全く、しょうのない子。

威勢がいい割に、どこか脆い。

気持ちはわからないでもないけど、今のままの方が、ずっと辛いだろうに。

元気を無くした母猫を、仔猫が不安そうに見上げている。

あの子の気持ちを敏感に感じ取ってるのは、仔猫たちだ。


「そんなこと言わないの。ふたりが可哀想でしょ。」


仔猫の話をするのは効果的だったみたいで、一瞬戸惑った顔をした。

小さな子たちに、要らぬ心配をかけている罪悪感があるから

今の一言に、心が動いている。

母猫が食べないと、仔猫も食が進まない。

いつも元気いっぱいなのに、心細そうに歳にくっついて離れない。


「あんたが拗ねるのは勝手だけど、ふたりには大事なパパなのよ。」


少し追い詰めてやると、歳は黙って俯いてしまった。


「ごめん、お待たせ。明後日OKよ。ヨロシクね。」


こういうのは、案ずるより産むが易しなんだから。

あんたの性格なんて、お見通しよ。

伊達に飼い主やってんじゃないんだからね。

仔猫の時から、そうだった。

意地っ張りで、人間には決して媚びない。

強がりなくせに、本当は泣き虫。

嬉しい時も、悲しい時も、ずっと一緒。

何を考えてるかなんて、すぐわかっちゃうんだから。















仔猫たちが寝静まったあと、2人で話がしたいと言った。

最初は嫌がってたけれど、無理矢理つき合わせた。

一人になりたいんだろうけど、明後日には総ちゃんが来てしまう。

ゆっくりしている時間はない。

それに、どうせ悪い方にしか考えないだろうし。

近ちゃんが、お酒を飲ませて総ちゃんの話を聞いたって言ってたから

あたしも真似てみた。

お酒はいい具合に緊張を取ってくれるから、歳にも勧めた。

小さなお猪口に注いで、歳に勧める。


「なんだよ、俺は飲めねえよ。」

「まぁまぁ、そう言わずに。たまにはいいじゃない。嫌なこと忘れるわよ。」


嫌なことを忘れる・・・・ってのが良かったのか

渋々といった感じで、口をつけた。


「うぇ・・・」

「お酒は、大人にしかわんないのよ。」


そう言うと、ムッとした顔をして

何とも言えない顔しながらも、ちびちびと舐めるように飲んでいる。

とりとめのない話をしながら、あえて総ちゃんの話題には触れなかった。

自分で何か言うまで、黙っておこうと思ったから。

ほろ酔い加減になってきた頃、戸惑いがちに歳は口を開いた。


「なぁ・・・・」

「ん〜?」


ほらきた。


「こ、近藤さんは、何て言ってたんだ・・・・?」


今日の電話のことね。


「総ちゃんが、あんたを誤解させてるから、謝らせるって。」

「誤解って・・・・」

「浮気なんかしてないって。」

「でも・・・」

「あたしも、総ちゃんが、浮気するようには思えないわ。」


そう言うと、歳も口篭もって「俺も・・・」なんてブツブツ言ってる。


「総ちゃんのことは、あんたが一番わかってるじゃない。」

「ん・・・・」


ほんの少し、お酒が回ってきたみたいで、歳は頬を紅くしてる。


「明後日、2人でゆっくり話しなさい。」

「うん・・・・。」


大きな目には、透明な雫が溜まって、溢れそうになっている。

そっと手を伸ばして、頭を撫でた。

いつもは嫌がるのに、黙って撫でられている。

涙を見られたくないのか、俯いたまま。

子供もいるくせに、しょうがないわね。


「あんた、お母さんでしょ。しっかりなさい。」

「・・・のぶ姉・・ごめん・・・・」

「もう、水臭いったら。あんたは遠慮しすぎなのよ。」


ぐすぐすと子供みたいに泣いている。


「総ちゃんが言えなかったのは、あんたを傷つけたくなかったからよ。」

「そうかな・・・・」

「そおよぉ。あんたが泣き虫なのわかってるんじゃないの?」

「何だよ・・・それ・・・・」

「強がってばっかで、素直じゃないんだから。」

「うるせー・・・・」













飲めない酒を飲んで、話して、泣いて、少しすっきりした。

のぶ姉が自棄酒を呷る気持ちが、ほんのちょっとわかった気がした。

心の中の鬱憤を、思い切り吐き出してしまえたのは、酒の力なんだろう。

まだ少しくらくらする頭で、寝床に這ってきた。

子供達は、よく眠っている。

総司がいなくて、寂しい想いをさせてしまった。

のぶ姉は、総司を信じてると言う。

俺も、総司のことは、誰よりわかってるつもりでいる。

時間が経って、少しは頭が冷えてきた。

他の女とか、そういうのよりも、総司が俺にはっきり言わないのが辛かった。

嘘をつかれたのが、イヤでしょうがなかった。

かといって、正直に言われても、結局傷ついてたかもしれない。

俺は勝手だ。

総司は、俺をまだ好きなんだろうか。

俺は・・・・好きだ。

だから、好きでいて欲しい。

それが、今日一日考えた答え。

いつも俺を見てくれていた総司。

俺は、あいつに甘えてばかりだった。

総司が俺を嫌いになっても、もう一度、今度は俺から総司に近付いていこう。

眠る子供達を見詰める。

あどけない寝顔。

まだ小さな子供なのに、ずっと傍にいて、励ましてくれた。

そういうところは、総司に似たのかもしれない。

泣いてばかりの俺は、かあちゃん失格だな。

こんなに弱い俺だけど、おめえたちの為になら、もっと頑張れる気がする。

起こさないように、そっとふたりを抱き締めた。

温かで、柔らかくて、だけど、何より確かなもの。

こうしてるだけで、力が湧いてくる。

どうか、少しだけ勇気をくれ。