「あんたねえ!それって贅沢よ!」
「わかってるよ・・・・。」
総司が、近藤さんの家に戻って。
ほっとしたような、寂しいような・・・・。
複雑な気分だ。
子供を寝かしつけ、俺はのぶ姉に、さりげなく・・・相談した。
「わかってないわよ〜わかってないから悩んでるんでしょうに。」
「そりゃそうかもしれねえけど・・・・。」
俺の煮え切らない様子に、のぶ姉がイライラし始めている。
片手に持ったビールを、ぐいっと煽る。
酒、飲んでない時にすれば良かったかな・・・・。
「んもー!総ちゃんのどこが不満よ。」
俺は酒が飲めないから、つまみをもらう。
総司は、近藤さんに付き合って、なかなかいけるクチらしいが
俺は、全然駄目だ。
つまみのスルメを齧りながら、考える。
だけど、上手く言えない。
「不満ってんじゃ・・・・・」
「あー、あたし、育て方間違ったわ〜。あんたを甘やかしたせいね。」
やっぱり、俺の我侭なんだろうか・・・。
「あんないい旦那いないじゃないのよ。」
「うん・・・・。」
俺も総司を好きだし・・・・・総司も、好きだと言ってくれる。
可愛い子供もいて、皆元気だし。
言うことねえはずなんだけどなぁ・・・・。
それでも、ふとした時に思う。
あいつは傍にいてくれるけれど・・・・これでいいのかって。
どうしてだろう。
総司が帰って、3日経った。
けれど、総司が帰ってくることは無かった。
「近ちゃんのお祖母さんがね、倒れたそうなのよ。」
「え?」
「お祖母ちゃん子だったから、慌てて田舎帰ったらしいの。」
「うん。」
「でね、急だったもんだから、総ちゃんも連れて行ったって。」
「そうか・・・。」
だから、しばらくこっちに来れないということか。
来れないとなると、やっぱり寂しくなる。
自分でも勝手だとは思うけれど・・・。
気がつくと、傍に小鉄とハルがいて。
にゃあ・・・と鳴いた。
こいつらも大きくなってきて、話を理解するようになっている。
「総司、来れねえんだって。」
ハルはつまらなそうな顔をしてる。
その傍で、寂しそうな顔をした小鉄を、そっと撫でてやると
ふわふわとした仔猫の柔らかい毛の感触がした。
車に乗せられて、連れてこられること3時間。
初めて来た、近藤さんの田舎。
ついて行くのは不本意だったけれど、緊急だったから仕方ない。
のどかな町並みで緑が多い。
近藤さんの実家にも猫がいると聞いた。
・・・・・あまり興味はないけれど。
籠から出してもらうと、そこには見知らぬおばさんとおじさん。
それに、若い女の人。
近藤さんのお母さんとお父さんと妹。
おばさんは、俺を見るなり笑顔になった。
「あら、ホント珍しいね。三毛のオスじゃない。」
「ホント〜知らずに飼ってたのがお兄ちゃんらしいね。」
3人から興味深々といった目で見られて。
俺は知らない土地ということもあって、酷く落ち着かない。
おいで、と言われても、警戒して後ずさりしてしまう。
「2人とも、総司がビックリしてるだろ。あんまりいじらないでくれよ。」
近藤さんが嗜めてくれたから、少し落ち着いた。
少し離れたところで近藤さんは何かゴソゴソしてる。
「総司、ゴメンな。これからちょっと病院行って来るから。」
だからここで留守番しててくれ、と言われて。
俺は内心、嫌だと思ったけれど・・・・・・・しょうがない。
仕方なく頷くと、なるべく早く戻るからな、と頭を撫でられた。
近藤さんが出て行くと、待ってましたとばかりに、妹・・・ちえさんと言うらしい。
そのちえさんが俺に構い始めた。
「おいでおいで〜・・・・」
俺は愛想は悪くない方だ。
けれど、苦手なものだってある。
近藤さんの身内なのに、申し訳ないけれど
こういうタイプは苦手だ。
何をされるか想像つかなくて、怖い。
ましてや、見慣れない部屋に知らない人間とくれば
俺は警戒心でいっぱいになる。
「うーん。まだ慣れてくれないなぁ。」
そんなに簡単には慣れないよ。
「あ!そうだ!」
何か思いついたらしく、部屋を飛び出して行った。
嫌な予感・・・・。
こんな時の予感は当たるんだ。
悲しいことに。
ほどなくして。
どたばたと騒がしい足音が聞こえて、ドアが開いた。
「じゃーん!」
戻ってきたちえさんが抱えていたのは・・・・・猫だ。
「ほらほら、可愛いでしょ!たまちゃんでーす!」
俺より少し若い茶トラの猫。
「ほら、仲良くしてね!」
ちえさんの腕から、するりと抜けて俺の前に立つ。
仲良くって・・・・そう簡単にできないってば。
やっぱり、この人、苦手だ・・・・。
溜息をつく俺を、茶トラの猫・・・・たまがじろじろと見た。
「あんた、珍しいわね。」
「そうかな・・・?」
たまは、にっこり微笑んで近寄って来る。
俺は近寄られて、後ずさりする。
「あんた、名前は?」
「総司・・・。」
「じゃあ総司、何で逃げるのよ。」
「・・・・近寄りすぎだから。」
「いいじゃない、仲良くしましょ。」
仲良くって・・・・どういう意味で??
外に出た時、雌に言い寄られたことは何度かある。
だけど・・・。
「俺、奥さんいるから・・・。」
「へえ、そうなの。」
だから何?な反応を返されて、逆にこっちが戸惑う。
取りあえず、一定の距離を保ちながら様子を見た。
若くて年頃の・・・・結構可愛い猫だと思う。
だからと言って、そういう対象には思えない。
確かに、猫には人間みたいな一夫一婦な考え方は無いけれど。
俺には歳さんがいる。
俺には、それだけで充分なんだ。
例え、歳さんが構わないと言っても、俺は嫌だ。
あちこち手を出して、歳さんを繋ぎ止めておける訳ない。
第一、他の猫に興味もないし・・・・。
ちらりとたまを見ると、警戒してる俺に構わず
あくびなんかしてる。
その様子に少し安心して、部屋の隅で腰を降ろす。
俺には歳さんしかいない。
歳さんにも、そうあって欲しいと思うのは、我侭だろうか。
俺とつがいになる前には、他の猫の気配もあった。
この間も、変なこと言ってたっけ・・・。
友達と言ってたけど、まさかその猫じゃないだろうか。
歳さんは、いつもどこか揺らいでいて・・・・それが怖い。
本当は、ずっと一緒にいたかった。
変な奴が来てるのなら、追い払ってやろうと思ってた。
早く帰りたい。
会いたい、歳さん。
どうか、俺が帰るまで待ってて・・・・。
部屋の片隅で丸くなりながら、願い続けた。