「鍋。」
仕事から帰ってきたのぶ姉の様子が、おかしい。
いつもどおりに見えても、いつもと違う。
伊達に飼い猫やってねえ。
長い付き合いだから、のぶ姉のことはお見通しだ。
何だかそわそわしてるし、やけに機嫌がいい。
こりゃあ何か企んでるな。
良くない予感がする。
だけど、まだ行動を起こさない。
暫く様子を見るか、と注意だけして放っておいた。
夕飯を食べて、子供たちの毛繕いなんかしてやっていると
のぶ姉が近寄って来た。
後ろ手に、何か持ってる。
何だ?
妙な物だ。
あれは、飯の時に使うものだ。
テーブルの上に置いて、一人で飯を食ってた。
のぶ姉が一人じゃ侘しいとかなんとか言って、それきり使わなかったものだ。
「ねー歳。お願いがあるんだけど・・・。」
そらきた。
「嫌だ。」
理由も聞かずに即答した。
「何よ、まだ何も言ってないじゃない!」
「どうせロクでもねえことだろ。ぜってー嫌だ。」
本能的に、嫌なことだと察知したのかもしれない。
間髪入れずに断わった俺の言葉に、のぶ姉は大いに不満そうだ。
「ねっ、一生のお願いよ、歳!これに入って!!」
どんと重量感のある音をさせて、目の前に置かれたのは・・・・。
「何だよ、これ。」
「土鍋。」
「どなべ〜?」
「いいから、これに入って!」
「何で、こんなもんに入らなきゃいけねえんだよ!」
これは飯を食うためのもんだろ?
俺が入ってどうすんだ。
そういう扱いしていいもんじゃねえだろ。
猫なんか食っても美味くねえぞ。
「いいじゃない、可愛いのよ、ねこ鍋。」
「猫鍋!?」
「あっ、でも、あんたを食べる訳じゃないのよ。入ってるとこが見たいの。」
「誰も、んなこと心配してねえよ!!」
のぶ姉に、理由を聞いてみれば。
今、一部で、猫が土鍋に入ってる姿が流行っているらしい。
訳わかんねえ。
人間ってのは、妙なもんが流行るんだな。
「これに入ってるのが、めちゃくちゃ可愛いのよ〜v」
自他共に猫バカを認めるのぶ姉は、その「猫鍋」とやらが、すっかり気に入ってしまい
自分の猫にも同じことをさせたくなったらしい。
「俺ぁ嫌だ。んなもん、馬鹿みてえだ。」
「冷たいわねえ、ケチ!」
何とでも言え。
嫌なもんは嫌なんだよ。
たとえ、その鍋が猫に丁度いい狭さだとしてもだ。
「じゃあ・・・・」
のぶ姉の視線の先に、はっとした。
総司と、子供2人がじいっと、俺たちのやり取りを見ていた。
「総ちゃんなら、入ってくれるわよね?」
「えっ・・・・・まぁ・・・いいですけど。」
「駄目だ!駄目だってんだろ!」
おずおずと鍋に近付こうとする総司を、慌てて止める。
のぶ姉は、俺が触らせてくれないからって、総司を好きなようにする。
総司も、馬鹿ってーか、暢気ってーか、大抵はのぶ姉に付き合ってやってるようだ。
俺の飼い主だからって、妙な気を使ってるのかもしんねえ。
「馬鹿、おめえが付き合ってやる必要はねえんだよ!」
「でも、ただ入るだけなら・・・・」
「そうやって甘い顔してっから、のぶ姉が好き放題するんだよ。」
「別に、俺は、このくらい構わないですよ。」
「そういう問題じゃねえってんだろ!」
この、馬鹿!
たいしたことじゃないとか、そういう問題じゃねえんだよ。
っとに、妙に人がいいっていうか・・・・。
「なんなら、総ちゃんと歳で入ってもいいのよ。」
「えっ・・・・。」
「そんなとこに二匹は、狭いだろ!」
総司が一瞬固まった。
何だよ、こいつ。
どうせ、よからぬ想像してるに違いねえ。
「てめえ!今、ちょっといいかもって思っただろ!」
「いや、そんな・・・・いて!」
頬をぎゅっと抓ってやる。
図星だったんだな。
まったく、しょうがねえな。
のぶ姉の口車に乗せられてんじゃねえよ。
「あらあら、2人とも〜いちゃいちゃしないで頂戴よ。」
いつのまにか、総司を羽交い絞めにした俺が、後ろからしがみ付いたような格好で言い合いしていた。
総司の顔が少し赤くなって、俺もすごく恥かしくなった。
ああ、もう、調子狂っちまう!
「とにかく!・・・・駄目だからな。」
ぱっと手を離したけれど、総司には「ぜってえやるなよ!」と
念を押すのを忘れなかった。
まったく、自分の飼い主ながら、ロクでもねえことばっか考えやがる。
あれ?
ふと気がつくと、ガキどもがいねえ。
まさか・・・・。
「いっやーん!かぁわぁいいい〜vvvv」
「にゃあん。」
奇声の方向を見れば、土鍋の中に、仔猫が二匹丸まって入っている。
うかつだった。
好奇心の塊なんだ、こいつら。
一体、誰に似たんだか・・・。
絶対に俺じゃない、総司だ。
姿形だけじゃなく、中身もそっくりなんだな。
にゃあにゃあと嬉しそうに土鍋に入っている仔猫の姿に
「出ろ」なんて言葉は言う気力もなくて。
俺らが入るより、マシかもしんねえと思い直した。
愛くるしい仔猫の姿に、のぶ姉は悶絶している。
総司も、仔猫たちを見て、ニコニコしてるし。
俺も、ちょっと可愛いかも・・・・なんて思っちまった。
「可愛いわよー仔猫鍋〜vvv」
なんて言いながら、いつもの「でじかめ」ってやつで
ガキどもを写しまくってる。
きっと、写真を仕事の仲間に見せびらかすんだ。
猫馬鹿も、ここまで来ると立派かもしれない。
「とうにゃ!」
ガキどもは、鍋が気に入ったようで、総司を呼んでる。
ああ、あの馬鹿、一緒に入ろうとしやがって・・・・。
もう好きにしてくれ・・・・・。
不貞寝しようかと、寝床に向かおうとすると、背後から小鉄の声がした。
「かあにゃも!」
俺もか!?
「いいよ、俺は。」
総司が入った時点で、いっぱいいっぱいだろ。
「かあにゃも!!」
ハルまで・・・・。
「歳さん、意外に楽しいよ。」
馬鹿総司!
「冗談じゃねえよ、俺はいいって!」
「何よー、皆、あんたのこと待ってるのよ。」
「嫌だっての!」
皆が、じいぃっとこっちを見てる。
何と言われても、俺は嫌だからな。
絶対、嫌だ。
嫌なもんは、嫌なんだ。
・・・・・・・。
「やっぱり、子供がいたら丸くなるのね。」
何とでも言ってくれ。
のぶ姉のためじゃなく、ガキのためだからな。
ぎゅうぎゅうと狭い鍋の中で、一緒に丸くなる。
総司が俺と仔猫を包むように抱き締めてくれる。
あったかいな。
総司が笑ってる。
何だよ、嬉しそうな顔しやがって。
おめえが甘いから、皆が好き勝手するんだよ。
何度も言ってるのに、全然わかってねえな。
「・・・・能天気に笑ってんじゃねえよ。」
「だって、嬉しくて。」
ふん。
単純な奴。
だけど、こういうのもたまになら、悪くないかもしれねえ。
総司の心臓の音。
仔猫たちの体温。
こんな鍋の中だってのに、馬鹿な事してるのに
もしかして、俺は幸せなのかもしんねえと思ってしまったことは、内緒だ。
終。
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